府で、ずつと仕事をつづけるつもりなのである。
甲府の知り合ひの人にたのんで、下宿屋を見つけてもらつた。壽館。二食付、二十二圓。南向きの六疊である。ふとんも、どてらも、知り合ひの人の家から借りて來た。これで、宿舍は、きまつた。部屋にそなへつけの机のまへに坐つて、右の引き出しには、書きあげた原稿を、左の引き出しには、まだ汚さない原稿用紙を。なんだか仕事が、できさうである。ここでも、私は、はじめは氣味わるいほど音無しく、さうして、三つきめくらゐに、やつと馴れて、馴れたとたんに惡くなつて、仕事をなまけ、さうして他所へ行くだらう。ああ、それまでに、いい仕事が、できればいい。他に、何も要らない。
私は、Gペン買ひに、まちへ出た。
(下) 甲府偵察のこと
きらきら光るGペンを、たくさん財布にいれて、それを懷に抱いて歩いてゐると、何だか自分が清潔で、若々しくて、氣持のいいものである。私は、Gペン買つてから、甲府のまちをぶらぶら歩いた。
甲府は盆地である。いはば、すりばちの底の町である。四邊皆山である。まちを歩いて、ふと顏をあげると、山である。銀座通りといふ賑やかな美しいまちがあ
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