と奥さまは、おっしゃって、もう、はや、れいの逆上の饗応癖がはじまり、目つきをかえてお勝手へ小走りに走って来られて、
「ウメちゃん、すみません。」
 と私にあやまって、それから鳥鍋の仕度《したく》とお酒の準備を言いつけ、それからまた身をひるがえして客間へ飛んで行き、と思うとすぐにまたお勝手へ駈《か》け戻って来て火をおこすやら、お茶道具を出すやら、いかにまいどの事とは言いながら、その興奮と緊張とあわて加減は、いじらしいのを通りこして、にがにがしい感じさえするのでした。
 笹島先生もまた図々《ずうずう》しく、
「やあ、鳥鍋ですか、失礼ながら奥さん、僕は鳥鍋にはかならず、糸こんにゃくをいれる事にしているんだがね、おねがいします、ついでに焼豆腐《やきどうふ》があるとなお結構ですな。単に、ねぎだけでは心細い。」
 などと大声で言い、奥さまはそれを皆まで聞かず、お勝手へころげ込むように走って来て、
「ウメちゃん、すみません。」
 と、てれているような、泣いているような赤ん坊みたいな表情で私にたのむのでした。
 笹島先生は、酒をお猪口《ちょこ》で飲むのはめんどうくさい、と言い、コップでぐいぐい飲んで
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