とわかっていましたが、何せ奥さまは、お客と対する時は、みじんもお疲れの様子をお見せにならないものですから、お客はみな立派そうなお医者ばかりでしたのに、一人として奥さまのお具合いの悪いのを見抜けなかったようでした。
 静かな春の或《あ》る朝、その朝は、さいわい一人も泊り客はございませんでしたので、私はのんびり井戸端でお洗濯をしていますと、奥さまは、ふらふらとお庭へはだしで降りて行かれて、そうして山吹《やまぶき》の花の咲いている垣《かき》のところにしゃがみ、かなりの血をお吐きになりました。私は大声を挙げて井戸端から走って行き、うしろから抱いて、かつぐようにしてお部屋へ運び、しずかに寝かせて、それから私は泣きながら奥さまに言いました。
「だから、それだから私は、お客が大きらいだったのです。こうなったらもう、あのお客たちがお医者なんだから、もとのとおりのからだにして返してもらわなければ、私は承知できません。」
「だめよ、そんな事をお客さまたちに言ったら。お客さまたちは責任を感じて、しょげてしまいますから。」
「だって、こんなにからだが悪くなって、奥さまは、これからどうなさるおつもり? やはり、起きてお客の御接待をなさるのですか? 雑魚寝のさいちゅうに血なんか吐いたら、いい見世物ですわよ。」
 奥さまは眼をつぶったまま、しばらく考え、
「里《さと》へ、いちど帰ります。ウメちゃんが留守番をしていて、お客さまにお宿をさせてやって下さい。あの方たちには、ゆっくりやすむお家が無いのですから。そうしてね、私の病気の事は知らせないで。」
 そうおっしゃって、優《やさ》しく微笑《ほほえ》みました。
 お客たちの来ないうちにと、私はその日にもう荷作りをはじめて、それから私もとにかく奥さまの里《さと》の福島までお伴《とも》して行ったほうがよいと考えましたので、切符を二枚買い入れ、それから三日目、奥さまも、よほど元気になったし、お客の見えないのをさいわい、逃げるように奥さまをせきたて、雨戸をしめ、戸じまりをして、玄関に出たら、
 南無三宝《なむさんぽう》!
 笹島先生、白昼から酔っぱらって看護婦らしい若い女を二人ひき連れ、
「や、これは、どこかへお出かけ?」
「いいんですの、かまいません。ウメちゃん、すみません客間の雨戸をあけて。どうぞ、先生、おあがりになって。かまわないんですの。」
 泣くよう
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