切られるほど恥かしく思ったのを忘れずに居る。私は、少しめちゃめちゃになって、おれはほんとうは二十六歳だ、とそれでも、まだ五歳も多く告白してみせましたが、女は、たった二十六? といって黒めがちの眼をくるっと大きく開いて、それから指折りかぞえ、たいへん、たいへん、と笑いながら言って、首をちぢめて見せましたが、なんの意味だったのかしら、いまさら尋ねる便りもございませんが、たいへん気にかかります。
 ――あかるいうちに飛び込んだのかね?
 ――いいえ。それでも名所をあるきまわって、はちまん様のまえで、飴《あめ》を買って食べましたが、私、そのとき右の奥歯の金冠二本をだめにしてしまって、いまでもそのままにして放って置いてあるのですが、時々、しくしくいたみます。
 ――ふっと思い出したが、ヴェルレエヌ、ね、あの人、一日、教会へ韋駄天走《いだてんばし》りに走っていって、さあ私は、ざんげする、告白する、何もかも白状する、ざんげ聴聞僧《ちょうもんそう》は、どこに居られる、さあ、さあ私は言ってしまう、とたいへんな意気込で、ざんげをはじめたそうですが、聴聞僧は、清浄の眉をそよとも動《そよ》がすことなく、窓のそとの噴水を見ていて、ヴェルレエヌの泣きわめきつつ語りつづけるめんめんの犯罪史の、一瞬の切れ目に、すぽんと投入した言葉は、『あなたはけものと交った経験をお持ちですか?』ヴェル氏、仰天して、ころげるようにして廊下へ飛び出し、命からがら逃げかえったそうで、僕は、どうも、人のざんげを聞くことが得手《えて》じゃないのです。いまはやりの言葉で言えば心臓が弱いのです。かの勇猛果敢なざんげ聴聞僧の爪のあかでも、せんじて呑みたいほうで、ね。
 ――ざんげじゃない。のろけじゃない。救いを求めているのでもない。私は、女の美しさを主張しているのです。それだけの事です。こうなって来ると、お仕舞いまで申しあげます。女は、歩きながら、ずいぶん思いつめたような口調で、かえらない? と小声で言った。あたしは、あなたのおめかけになります。家から一歩も外へ出るな、とあれば、じっとして、うちに隠れて居ります。一生涯、日かげ者でもいいの。私は、鼻で笑った。人の誠実を到底理解できず、おのれの自尊心を満足させるためには、万骨を枯らして、尚、平然たる姿の二十一歳、自矜《じきょう》の怪物、骨のずいからの虚栄の子、女のひとの久遠の宝石、真珠の塔、二つなく尊い贈りものを、ろくろく見もせず、ぽんと路のかたわらのどぶに投げ捨て、いまの私のかたちは、果して軽快そのものであったろうか、などそんなことだけを気にしている。
 ――はははは。今夜はなかなか能弁だね。
 ――笑いごとではないのです。そのような奇妙な、『ヴァイオリンよりは、ケエスが大事式』の、その方面に於ける最もきびしい反省をしてみるのでした。江の島の橋のたもとに、新宿へ三十分、渋谷へ三十八分と、一字一字二尺平方くらいの大きさで書かれて居る私設電車の絵看板、ちらと見て、さっさと橋をわたりはじめた。からころと駒下駄《こまげた》の音が私を追いかけ、私のすぐ背後まで来てから、ゆっくりあるいて、あたし、きめてしまいました。もう、大丈夫よ、先刻までの私は、軽蔑されてもしかたがないんだ。
 ――非常に素直な人なんだね。
 ――そうです、そうです。判って呉れましたね? やっぱり、お話し申しあげてよかった。もっと、もっと聞いて下さい。
 ――よし。ぜひとも、聞かせて下さい。竹や、お茶。
 ――飛びこむよりさきにまず薬を呑んだのです。私が呑んで、それから私が微笑《ほほえ》みながら、姫や、敵のひげむじゃに抱かれるよりは、父と一緒に死にたまえ。少しも早う、この毒を呑んで死んでお呉れ。そんなたわむれの言葉を交《かわ》しながら、ゆとりある態度で呑みおわって、それから、大きいひらたい岩にふたりならんで腰かけて、両脚をぶらぶらうごかしながら、静かに薬のきく時を待って居ました。私はいま、徹頭徹尾、死なねばならぬ。きのう、きょう、二日あそんで、それがため、すでに、かの穴蔵の仕事の十指にあまる連絡の線を切断。組織は、ふたたび収拾し能《あた》わぬほどの大混乱、火事よりも雷よりも、くらべものにならぬほどの一種|凄烈《せいれつ》のごったがえし。それらの光景は、私にとって、手にのせて見るよりも確実であった。キャップの裏切。逃走。そのうえに、海野三千雄のにせ者の一件が大手をひろげて立っていた。女に告白できるくらいなら、それができるたちの男であったなら二十一歳、すでにこれほど傷だらけにならずにすんで居たにちがいない。やがて女は、帯をほどいて、このけしの花模様の帯は、あたしのフレンドからの借りものゆえ、ここへこうかけて置こうと、よどみなく告白しながら、その帯をきちんと畳んで、背後の樹木に垂れかけ、私
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