いうのでしょうか、たいへんややこしく、それでも、たしかに血のつながりでございます。日本大学の夜学に通っています。電気技師になるとのお話で、もう二年経てば、私はこのお友達のところへお嫁にまいります。夜に大学へ行き、朝には京王線の新築された小さい停車場の、助役さんの肩書で、べんとう持って出掛けます。この助役さんは貴方へ一週間にいちどずつ、親兄弟にも言わぬ大事のことがらを申し述べて、そうして、四週間に一度ずつ、下女のように、ごみっぽい字で、二、三行かいたお葉書いただき、アルバムのようなものに貼って、来る人、来る人に、たいへんのはしゃぎかたで見せて、私は、涙ぐむことさえあります。ときどきは寝てからも読むと見えて、そのアルバムを、蒲団の下にかくしていて、日曜の朝でございます、私は謙さんを起しに行って、そうして、そのアルバムを見つけ、謙さんは、見つけられて、たいへん顔を赤くして、死にものぐるいで私からひったくりました。私はうんと、大声はりあげて泣きました。たいへんつまらないお葉書です。貴方は、読者の目を、もっともっと高く、かわなければいけない。愛読者ですというてお手紙さしあげることは、男として、ご出世まえの男として、必死のことと存じます。作家は人間でないのだから、人間の誠実がわからない。貴方のアルバムのお葉書、十七枚ございましたが、お約束でもしてあるように、こんどは何々の何月号に何枚かきました。こんどは何々という題で、何百頁の小説集を出します。ほかのこと、言うても判らぬ、とでもお思いなのですか。謙さんは、小学校のとき、どんなに学問できたか知っていますか? また私だって、学業とお針では、ひとに負けたことがございません。これからは、おハガキお断り申します。謙さんが可愛そうでございます。たいてい何か小説発表の五六日まえに、おハガキお書きになるのね。挨拶状五十枚もお出しになったのでございますか? 私たち寄席のお師匠さんが、新作読むまえに、耳ふさぎと申して、おそばか、すしを廻しますが、すしをごちそうになってから、新作もの承りますと、不思議なものです。たいへんご立派に聞えます。違うところ、ございませんのね。謙さんは、あなたを尊敬して居るのではございません。そんなにひとり合点《がてん》なさいましては、とんでもないことになりましょう。貴方のお小説のどこを、また、どんな言葉で、申して居るか、私は、あんまり謙さんのお心ありがたくて、レコオドに含ませて、あなたへお送りしたく存じます。どんな雑誌にお書きになろうと、他にもファンが、どんなにたくさんおいでになろうと、謙さんには、ちっとも問題でございませぬ。そうして、謙さんは、人間として、どうしてもあなたより上でございますから、あなた御自身でお気のつかないところを、よく細心御注意なされ、そうして、貴方をかばっています。私たちの二年後の家庭の幸福について少しでもお考え下さいましたならば、貴方様も、以後、謙さんへあんな薄汚いもの寄こさないで下さい。いつでも、私たちの争いのもとです。さいわいにも、あなたに、少しでも人間らしいお心がございましたら、今後、態度をおあらため下さることを確信いたします。ゆめにさえ疑い申しませぬ。明瞭に申しますれば、私は、貴方も、貴方の小説も、共に好みませぬ。毛虫のついた青葉のしたをくぐり抜ける気持ちでございます。一刻も早く、さよなら。太宰治先生、平河多喜。知らないお人へ、こっそり手紙かくこと、きっと、生涯にいちどのことでございましょう。帯のあいだにかくした手紙、出したりかくしたりして、立ったまま、たいへん考えました。」
「そんなに金がほしいのかね。けさ、またまた、新聞よろず案内欄で、たしかに君と思われる男の、たしかに私と思われる男へあてた、SOSを発見、おそれいって居る。おかしなもので、きのうまでは大いにみずみずしい男も、お金のSOS発してからは、興味さく然、目もあてられぬのは、どうしたことであろう。君は、ジュムゲジュムゲ、イモクテネなどの気ちがいの呪文《じゅもん》の言葉をはたして誦《ず》したかどうか。その呪文を述べたときに、君は、どのような顔つきをしたか、自ら称して、最高級、最低級の両意識家とやらの君が、百円の金銭のために、小生如き住所も身分も不明のものに、チンチンおあずけをする、そのときの表情を知りたく思うゆえ、このつぎにエッセエを、どこか雑誌へ発表の折に一箇条、他の読者には、わからなくてもよし、ぼく一人のために百言ついやせ。Xであり、Yであり、しかも最も重大なことには、百円、あそんでいるお金の持ち主より。そのおかかえ作家、太宰治へ。太宰治君。誰も知るまいと思って、あさましいことをやめよ。自重をおすすめします。」
月日。
「太宰さん。私も一、二夜のちには二十五歳。私、二十五歳より小説かいて
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