き大発心にて、どうか思いあきらめて下さるよう切望いたします。仏典に申す『勇猛精進』とはこのあたりの決心をうながす意味の言葉かと思います。実は参上して申述べ度きところでありますが、貴兄も一家の主人で子供ではなし、手紙で申してもききわけて頂けると信じ手紙で申します。どこか温《あたたか》い土地か温泉に行って静かに思索してはいかがでしょう。青森の兄さんとも相談して、よろしくとりはからわれるよう老婆心《ろうばしん》までに申し上げます。或いは最早《もは》や温泉行きの手筈《てはず》もついていることかと思います。温泉に引越したら御様子願い上げます。北沢君なんかといっしょに訪ね、小生もその附近の宿にしばらく逗留《とうりゅう》してみたいと思います。奥さんによろしく。頓首。早川俊二。津島修治様。」
「三拾円しか出来ない。いのちがけ、ということをきいて心配いたして居りますが、どんなんですか。本当は二十日ごろまでに、兄より何か、委細《いさい》のおしらせあるか、と待って居たのですが。(一行あき。)こうして離れているとお互いの生活に対する認識不足が多いので、いろいろ困難なことにぶつかると思います。命がけというので、お送りするわけです。それも私の生活とても決して余裕がないので、サラリイの前がりをして(それも、そんなに多くは前貸はしない、)やるわけです。(一行あき。)勿体《もったい》ぶるわけではないんです。そして、ゼイタクしているわけではありません。教師として、普通人の考えるが如き生活をひたすらしているのではありません。嘗《かつ》て、君も私も若き血を燃やしたる仕事があった筈です。(文学ではないぜ。)それをです。そのためにです。それに、子供がうまれて以来、フラウが肺病、私が肺病(勿論軽いヤツ)で、火の車にちかい。(一行あき。)であるから、三〇で、がまんしてくれ。そして、出来るなら返して呉れ。こっちがイノチがけになってしまうから。(一行あき。)文壇ゴシップ、小説その他に於ける君の生活態度がどんなものかを大体知っている。しかし、私は、それを君のすべてであるとは信じたくない。(一行あき。)元気を出せ! いのちがけの……死ぬの……そんな奴があるか! 気質沢猛保。」
「悪習は除去すべきである。本郷区千駄木町五十、吉田潔。」
月日。
「言わなければならぬと思いながら言えない。夏休みになったら手紙をかこうと決心
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