のであろうが、そういう時間がなかったことは前述の通りだ。あの依頼の手紙を書いて、君の気持を害《そこな》う結果になろうとは夢にも思わなかったし、悪意をもってああいうことをお願いするほど愚かな者もいないだろう。君が神経質になり過ぎているものとしか、僕には考えられない。君が僕に友情を持っていてくれるのなら、君こそ、そういう小さなことを、悪く曲解する必要はないではないか。尤《もっと》も、君が痛罵《つうば》したような態度を、平生僕がとっているとすれば、(君には勿論そういう態度をとったこともなければ、あの手紙がそういう態度に出たものでないことは前述の通りだ。)僕は反省しなければならぬし、自分の生活に就ても考えなければならない、事実考えてもいる。君がほんとの芸術家なら、ああいう依頼の手紙を書く者と、貰う者と、どちらがわびしい気持ちで生きているかは容易に了解できることと思う。兎《と》に角《かく》、あの原稿は徹頭徹尾、君のそういう思い過しに出ているものだから、大変お気の毒だけれども書き直してはくれないだろうか。どうしても君が嫌だと云えば、致《いた》し方がないけれども、こういう誤解や邪推《じゃすい》に出発したことで君と喧嘩したりするのは、僕は嫌だ。僕が君を侮じょくしたと君は考えたらしいけれど兎に角、僕は君のあの原稿の極端なる軽べつにやられて昨夜は殆《ほと》んど一睡もしなかった。先日のあの僕の手紙のことに関する誤解は一掃してほしい。そして、原稿も書き直してほしい。これはお願いだ。君はああいうことで(然《しか》も、君自身の誤解で)非常に怒ったけれど、そういうことを一々怒っていては、僕など、一日に幾度怒っていなければならぬか、数えあげられるものではない。君が精いっぱいに生きているように、僕だって精いっぱいで生きているのだ。君のこれからのことや、僕のこれからのことや、そういうことは、こんど会った時、話したい。一度、君の病床に訪ねて、いろいろ話したいと思っているのだけれど、僕も大変多忙な上に、少々神経衰弱気味で参っているのだ。正月にでもなったら、ゆっくりお訪ねできることと思う。永野、吉田両君には先夜会った。神経をたかぶらせないでお身お大事に勉強してほしい。社の余暇を盗んで書いたので意を尽せないところが多いだろうが、折り返し、御返事をまちます。武蔵野新聞社、学芸部、長沢伝六。太宰治様。追伸《ついし
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