は生れてはじめて地べたに立ったときのことを思い出す。雨あがりの青空。雨あがりの黒土。梅の花。あれは、きっと裏庭である。女のやわらかい両手が私のからだをそこまで運びだし、そうして、そっと私を地べたに立たせた。私は全く平気で、二歩、か三歩、あるいた。だしぬけに私の視覚が地べたの無限の前方へのひろがりを感じ捕り、私の両足の裏の触覚が地べたの無限の深さを感じ捕り、さっと全身が凍りついて、尻餅《しりもち》ついた。私は火がついたように泣き喚《わめ》いた。我慢できぬ空腹感。
 これらはすべて嘘である。私はただ、雨後の青空にかかっていたひとすじのほのかな虹を覚えているだけである。


 ものの名前というものは、それがふさわしい名前であるなら、よし聞かずとも、ひとりでに判って来るものだ。私は、私の皮膚から聞いた。ぼんやり物象を見つめていると、その物象の言葉が私の肌をくすぐる。たとえば、アザミ。わるい名前は、なんの反応もない。いくど聞いても、どうしても呑みこめなかった名前もある。たとえば、ヒト。


 私が二つのときの冬に、いちど狂った。小豆《あずき》粒くらいの大きさの花火が、両耳の奥底でぱちぱち爆《は》
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