、女のようにぬかるみを細心に拾い拾いして歩くのだ。そのような大事のときでも、その緊張をほぐしたい私の悪癖が、そっと鎌首《かまくび》もたげて、ちらと地平の足もとを覗《のぞ》いて、やられた。停車場まで、きつく顔をそむけて、地平が、なにを言っても、ただ、うんうんとうなずいていた。地平は、わざわざ服を着かえて来て呉れた。縞の模様の派手な春服。地平のほうでは、そのまえに二、三度、泣いたすがたを私に見つけられたことがあって、それがまた、私の地平軽蔑のたねになったのであるが、私はそのときはじめてのことなり、見せたくなくて、そのうちに両肩がびくついて、眼先が見えなくなって、ひどくこまった。一年すぎて、私の生活が、またもや、そろそろ困って、二、三の人にめいわくかけて、昨夜、地平と或る会合の席上、思いがけなく顔を合せ、お互い少し弱って、不自然であった。私は、バット一本、ビイル一滴のめぬからだになってしまって、淋しいどころの話でなかった。地平はお酒を呑んで、泣いていた。私もお酒が呑めたら、泣くにきまっている。そのような、へんな気持で、いまは、地平のことのほかには、何一つ語れず書けぬ状態ゆえ、たまには、くつろ
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