政務の方面ばかりではなく、れいの和歌の方面に於いても、このとしあたりから更に異常の御上達をなされた御様子で、ほとんど神品に近いお歌が続々とお出来になつたのでございました。そのとしの三月九日に、将軍家は、尼御台さま、御台所さま、それから相州さまや武州さま、前夫膳大夫広元さま、鶴岳の別当さま、私たちまでお連れになつて、三浦三崎の御屋敷にお渡りになりまして、一日、船遊びに打興じましたが、その時、将軍家のおよみになつたお歌は、ほとんど人間業ではなく、あまりの美事に、お心のお優しい御台所さまなどは、両三遍拝誦してお涙を御頬に走らせて居られました。
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アラ磯ニ浪ノヨルヲ見テヨメル
大海ノ磯モトドロニヨスル波ワレテクダケテサケテ散ルカモ
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一言の説明も不要かと存じます。
御台所さまの御事でも申し上げませう。前にもちよつと申し上げましたが、この御台所さまは、かしこきあたりとも御姻戚関係がおありになる京の御名家、坊門信清さまの御女子にて、元久元年、御年十三にして当将軍家へ御輿入に相成りました由にございます。人の話に依りますと、そのとしの十月十四日には関
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