こそこそ御退出なさいましたが、相州さまだけは御退出の際もにこにこ笑つて、さうして舌をお出しなさいました。けれども、それは決して将軍家を侮蔑なさるやうな失礼なお気持からではなく、やられたわい、と御自身にてれて、そのやうな仕草をなさつたやうに見受けられ、私もつられて、つい微笑んでしまひました。ずいぶんお意地がお悪いといふ評判が、専らでございましたけれど、その相州さまにも、またこんな明るい気さくな一面があつたのでございます。いつたいこの相州さまは、故右大臣さまのお小さい御時分から、どういふものか右大臣さまを贔屓で、俗にいふ虫が好いたとでもいふのでございませうか、なんでもかでも、千幡さまにかぎるといふお工合のお熱のあげかたでございまして、この千幡さまに将軍家をお襲がせ申したいばかりに、御父君の時政公とお力を合せて御政敵の比企氏と争ひこれを倒し、建仁三年、千幡さまはそのお蔭か首尾よく征夷大将軍の宣旨を賜り、実朝といふ諱もこのとき御朝廷からいただいたのださうでございますが、それからすぐに御父君の時政公が、牧の方さまにそそのかされ、このお幼い将軍家を弑し奉らんと計つた時には、相州さまは逸早くその御異
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