いささかも動揺の影なく、澱みなく言ひ終つて、やつぱりきよとんとして居られました。
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遁世ノ動機ハ
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と軽くお尋ねになる将軍家の御態度も、また、まことに鷹揚なものでございました。
「おのが血族との争ひでござります。」
とおつしやつた、その時、入道さまの皺苦茶の赤いお顔に奇妙な笑ひがちらと浮んだやうに私には思はれたのですが、或いは、それは、私の気のせゐだつたかも知れませぬ。
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ドノヤウナ和歌ガヨイカ
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将軍家は相変らず物静かな御口調で、ちがふ方面の事をお尋ねになりました。
「いまはただ、大仰でない歌だけが好ましく存ぜられます。和歌といふものは、人の耳をよろこばしめ、素直に人の共感をそそつたら、それで充分のもので、高く気取つた意味など持たせるものでないやうな気も致しまする。」あらぬ方を見ながら入道さまは、そのやうな事を独り言のやうにおつしやつて、それから何か思ひ出されたやうに、うん、とうなづき、「さきごろ参議雅経どのより御垂教を得て、当将軍家のお歌数十首を拝読いたしましたところ、これこそ蓮胤日頃
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