まるやうになつてゐましたが、それにしてもあのお方の、よろづに大人びたお心持に較べると、実にその間に天地の差がございまして、あのお方はこの建暦元年にはまだ二十歳におなりになつたばかりでございましたのに、このとしの七月、関東一帯大洪水の折、既にあの御立派な、
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時ニヨリ過グレバ民ノ歎キナリ八大竜王雨止メ給ヘ
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 といふ和歌などもお作りになられ、名実ともに関東の大長者たる堂々の御貫禄をお示しになつて居られたのでございます。まことに、お生れつきとは申しながら、何事によらず、どこまで高く美事にお出来になるお方であつたか、私たち凡俗の者には、まるで推量も及びませぬ。
 お歌の事などは、またのちほどお話申し上げることと致しまして、さて、もうそろそろ、あの、若い禅師さまに就いてお話する事にいたしませう。誰しもご存じの事に違ひございませぬが、故右大将さまには、お二人の男のお子さまがございまして、お兄君は頼家公すなはち後の二品禅室さま、お弟君は千幡君すなはち後の右大臣さま、この他にも御同胞がございましたやうですが、皆お早くおなくなりになられ、故右大将さまが正治
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