も御丈夫になられた御様子で、御多病のお方でございましたが、このとしには、いちどもおひき籠りになつた事が無かつたやうに覚えて居ります。例の和歌、管絃などの御宴会は、誰に遠慮もなさらずたびたび仰出されて、いまではもう将軍家も、すつかりおとなになつておしまひの事でございますから、入道さまも相州さまも、やや安心なさつた御様子でかれこれこまかい取越苦労の御助言をなさる事も少くなり、御自分たちのはうから将軍家をお遊びにお誘ひ申し上げる事さへあるやうになりました。まことに御高徳の感化の力は美事なものでございます。幕府は安泰、国は平和、時たま将軍家は、どこかの社寺が荒廃してゐるといふ訴へなどをお聞きになると、すぐさまその社寺に就いての故実をお調べになり興隆せしむべきすぢのものならば、相州さまを召して御ていねいなお言ひつけをなさつて、敬神崇仏の念のあまりお篤いお方とは申されませぬ相州さまがその度毎に閉口なさる御様子が御ところの軽い笑ひ話の種になるくらゐの、いかにも無事なその日その日が続いてゐました。この右大臣さまの御時は、源家存亡の重大時期で、はじめから終りまでただもう、反目嫉視陰謀の坩堝だつたなどと例
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