長刀杖につき、扇立たる所に立つて舞ひすましたり。伊勢三郎義盛、与一が後に歩ませ寄つて『御諚にてあるぞ。これをも亦仕れ』といひければ、与一今度は中差取つて番ひ、能つ引いてひやうと放つ。舞ひすましたる男の、真只中をひやうつと射て、舟底へ真逆様に射倒す。ああ射たりといふ者もあり、いやいや情なしといふ者も多かりけり。平家の方には、静まり返つて音もせず。源氏は又箙を叩いてどよめきけり」と法師の節おもしろく語るのを皆まで聞かず、ついとお座をお立ちになつてしまひました。いつたいにあのお方は、御叔父君の九郎判官さまを、あまりお好きでないらしく見受けられました。将軍家の、しんから尊敬して居られた方は、御先祖の八幡太郎義家公、それから御父君の右大将さま、そのお二方のやうに私には見受けられました。
調子に乗つてとりとめの無い事ばかり申し上げて恐れいりましたが、とにかく、お若い頃の将軍家の御日常は決して暗いものではございませんでした。むしろ和気靄々、とでも言つていいくらゐのものでございまして、その頃お作りになつたお歌で、あまり人の評判にはならなかつたやうでありますが、綺麗なお歌がございます。
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