門尉、横山馬允、古郡左衛門尉、和田新兵衛入道、以上大将軍六人、戦場を遁れて逐電すと云々、此輩悉く敗北するの間、世上無為に属す、其後、相州、行親、忠家を以て死骸等を実検せらる、仮屋を由比浦の汀に構へ、義盛以下の首を取聚む、昏黒に及ぶの間、各松明を取る、又相州、大官令仰を承り、飛脚を発せられ、御書を京都に遣はす。
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いきほひの赴くところ、まことに、やむを得ないものと見えます。五月二日の夕刻、和田左衛門尉義盛さまは一族郎党百五十騎を率ゐて反旗をひるがへし、故右大将家幕府御創業このかた三十年、この鎌倉の地にはじめての大兵乱が勃発いたしました。和田さまほどの御大身が、たつた百五十騎とは、案外の無勢と不審に思召されるかも知れませぬが、和田さま御謀叛の噂は、あの三月の胤長さまの配流、四月の荏柄のお屋敷の騒動以来、御ところの内にも、また鎌倉の里人の間にも、もつぱらでございまして、武勇に於いては、関東一の和田さま御一族も、はかりごとを密かに行ふといふ巧智には乏しかつた御様子で、大つぴらに兵具をととのへ、戦勝の祈願なども行ひ、さうしてそのやうな叛逆の動かぬ証拠を次々と御ところのお
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