先途と闘ひ給ふ、しかれども、多勢に不勢かなはねば、つひに討ちとられ給ひけり、明くれば、廿八日、将軍家の御葬礼を営まんとするところに、御首のありか知れざりければ、いかにせんと惑ふところに、きのふ御ところの御出の時、公氏御鬢に参りければ、鬢の髪を一すぢ抜かせ給ひて、御形見とて賜ひし事こそ、いまはしけれ、その一すぢの御髪を御頭の代りに用ゐて、御棺に入れ奉り、勝長寿院の傍に葬り奉る、この日、御台所も御出家あり、御戒師は行勇僧都なり、また武蔵守親広、左衛門大夫時広、城介景盛以下、数百人の大名ども、ことごとく出家したり、あはれなるかな、きさらぎ二日、加藤判官六波羅に馳せつき、右府将軍御他界のよし申しければ、京中の貴賤男女聞き伝へ、東西を失ひて歎き悲しみける。
[#ここで字下げ終わり]
 ただ、あきれたるよりほかの事なし、京にもきこしめしおどろく、世のなか、ふつと火を消ちたるさまなり。(増鏡)



底本:「太宰治全集第五巻」筑摩書房
   1990(平成2)年2月27日初版第1刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:八巻美惠
1999年1月5日公開
2007年8月17日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全60ページ中60ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング