拝賀のためその翌年の正月二十七日鶴岳八幡宮に御参詣有るべきに依つて、またも仙洞御所より御下賜の御車、御装束など一切の御調度が鎌倉へ到著し、鎌倉中は異様に物騒がしくなり、しかもこのたびの御拝賀の御式は、六月の左近大将拝賀の式よりも、はるかに数層倍大規模のものになる様子で、ただごとではない、と御ところの人たちも目を見合せ、ともしびの、まさに消えなんとする折、一際はなやかに明るさを増すが如く、将軍家の御運もここ一両年のうちに尽きるのであるまいかといふ悲しい予感にさへ襲はれ、思へば十年むかし、私が十二歳で御ところへ御奉公にあがつて、そのとき将軍家は御十七歳、あの頃しばしば御ところへ琵琶法師を召されて法師の語る壇浦合戦などに無心にお耳を傾けられ、平家ハ、アカルイ、とおつしやつて、アカルサハ、ホロビノ姿デアラウカ、と御自身に問ひかけて居られた時の御様子が、ありありと私の眼前に蘇つてまゐりまして、人知れず涙に咽ぶ夜もございました。あのけがらはしい悪別当、破戒の禅師は、その頃、心願のすぢありと称して一千日の参籠を仰出され、何をなさつてゐるのやら鶴岳宮に立籠つて外界とのいつさいの御交通を断ち、宮の内部の者からの便りによれば、法師のくせに髪も鬚も伸ばし放題、このとしの十二月、ひそかに使者をつかはして太神宮に奉幣せしめ、またその他数箇所の神社にも使者を進発せしめたとか、何事の祈請を致されたのか、何となく、いまはしい不穏の気配が感ぜられ、一方に於いては鎌倉はじまつて以来の豪華絢爛たる大祭礼の御準備が着々とすすめられ、十二月二十六日には、御拝賀の御行列に供奉申上げる光栄の随兵の御撰定がございまして、そもそもこのたびの御儀式の随兵たるべき者は、まづ第一には、幕府譜代の勇士たる事、次には、弓馬の達者、しかしてその三つには容儀神妙の、この三徳を一身に具へてゐなければならぬとの仰せに従ひ、名門の中より特に慎重に撰び挙げられたいづれ劣らぬ容顔美麗、弓箭達者の勇士たちは、来年正月の御拝賀こそ関東無双の晴れの御儀にして殆んど千載一遇とも謂ひつべきか、このたび随兵に加へらるれば、子孫永く武門の面目として語り継がん、まことに本懐至極の事、と互ひに擁して慶祝し合ひ、ひたすら新年を待ちこがれて居られる御様子でございましたけれども、当時、鎌倉の里に於いて、何事も思はず、ただ無心にお喜びになつていらつしやつたのは、おそらく、このお方たちだけでは無かつたらうかと思はれます。

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建保七年己卯。四月十二日承久元年と為す。正月大。
七日、甲戌、戌刻、御所の近辺、前大膳大夫入道覚阿の亭以下四十余宇焼亡す。
十五日、丙子、丑刻、大倉辺焼亡す、数十宇災す。
廿三日、甲申、晩頭雪降る、夜に入つて尺に満つ。
廿四日、乙酉、白雪山に満ち地に積る。
廿七日、甲午、霽、夜に入つて雪降る、積ること二尺余、今日将軍家右大臣拝賀の為、鶴岳八幡宮に御参、酉刻御出、
行列
  先づ居飼四人
  次に舎人四人
  次に一員
 将曹菅野景盛    府生狛盛光
 将監中原成能
  次に殿上人
 一条侍従能氏    藤兵衛佐頼経
 伊予少将実雅    右馬権頭頼茂朝臣
 中宮権亮信能朝臣  一条大夫頼氏
 一条少将能継    前因幡守師憲朝臣
 伊賀少将隆経朝臣  文章博士仲章朝臣
  次に前駈笠持
  次に前駈
 藤勾当頼隆     平勾当時盛
 前駿河守季時    左近大夫朝親
 相模権守経定    蔵人大夫以邦
 右馬助行光     蔵人大夫邦忠
 左衛門大夫時広   前伯耆守親時
 前武蔵守義氏    相模守時房
 蔵人大夫重綱    左馬権助範俊
 右馬権助宗保    蔵人大夫有俊
 前筑後守頼時    武蔵守親広
 修理権大夫惟義朝臣 右京権大夫義時朝臣
  次に官人
 秦兼峰       番長下毛野敦秀
  次に御車、車副四人、牛童一人
  次に随兵
 小笠原次郎長清 小桜威  武田五郎信光 黒糸威
 伊豆左衛門尉頼定 萌黄威 隠岐左衛門尉基行 紅威
 大須賀太郎道信 藤威   式部大夫泰時 小桜威
 秋田城介景盛 黒糸威   三浦小太郎時村 萌黄威
 河越次郎重時 紅威    荻野次郎景員 藤威
    各冑持一人、張替持一人、傍路に前行す、
  次に雑色廿人
  次に※[#「てへん+僉」、第3水準1−84−94]非違使
 大夫判官景廉
  次に御調度懸
 佐々木五郎左衛門尉義清
  次に下※[#「藹」の「言」に代えて「月」、第3水準1−91−26]御随身
 秦公氏        同兼村
 播磨貞文       中臣近任
 下毛野敦光      同敦氏
  次に公卿
 新大納言忠信     左衛門督実氏
 宰相中将国道     八条三位光盛
 刑部卿三位宗長
  次
 左衛門大夫
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