御宗派にこだはるやうなところも無く、御加持御祈祷もすすんでなさいましたし、おひまの折には、お茶のお徳をほめたたへる御本などと、珍奇なものまでお書きあらはしになるくらゐでございましたから、私たちの眼には、ただおずるいやうな飄逸の僧正さまとしか見えませんでした。さて、将軍家に於いては、僧正さまの所謂お茶のお徳によつて、御病気がおなほりになると、すぐに、れいの風流武士の面々を召集めて、お船遊びやらお花見やらにおでかけになり、たまには、おひとりでこつそり御ところを脱け出し裏山などにおいでになつて、あとで大騒ぎをしてお捜し申す事もございましたほどで、この建保二年から三年にかけて、ほとんど連日の大地震、それに火事やら、大風やら、或いは旱魃に悩むかと思ふと、こんどは大雨洪水、また実に物凄い雷鳴もしばしばございまして、天体に於いてさへ日蝕、月蝕の異変があり、関東の人心恟々たるもので、それにつけても将軍家のそのやうな御風流の御遊興は非難せられ、この天変地異は、すべて将軍家御謹慎有るべしとの神々のお告げなりと御占ひを立てるものさへ出てまゐりまして、或いはまた、御ところのお屋根におびただしい鷺の群が降り立つたのを見て、これただ事に非ず、御ところに重変起るの兆なりといふおそろしい予言をする者もございまして、その時には、将軍家は相州さまにすすめられて御ところをのがれ、相州さまのお宅にお移りになり、それから七十五日間も相州さまのお宅で窮屈な御暮しをなさつたのでございましたが、重変も何も起りませんでしたので、また御ところへお帰りになつたなどといふ、何がなんだか、わけのわからぬ騒ぎもございましたほどで、これといふのも、すべて、将軍家の御趣味に御惑溺の御日常が、ひどく皆の目ざはりになつてゐるせゐではなからうかとお傍の私たちにも思はれました。けれども、呆けてお遊びになつてゐるやうでも、やはり、将軍家のお力でなければ、どうしても出来ない事もございまして、建保二年の五月から六月にかけての大旱魃の折には、鶴岳宮に於いて諸僧が大勢で連日雨乞の御祈を致しましたが、わづかに白雲が流れて幽かな遠雷が聞えただけで、一滴の雨も降りませんでしたのに、六月三日、将軍家が御精進御潔斎なされて法華経を一心に読誦いたしましたところが、翌朝から、しとしとと慈雨が降りはじめまして、むかし皇極女帝の御時、天下炎旱に悩み、諸方に於いて雨乞の祈祷があつたけれども何の験も無きゆゑ、時の大臣、蘇我蝦夷みづから香炉を捧げて祈念いたしましたさうで、それでも空はからりと晴れ渡つたままで、一片の白雲もあらはれず、蝦夷は大いに恥ぢて、至尊に御祈念下されるやうお願ひ申しましたので、すなはち玉歩を河辺に運ばせられ、四方を御拝なされるや、たちまち雷電、沛然と大雨あり、ために国土の百穀豊稔に帰したとか、一臣下たる将軍家の事などは、もちろんその尊い御治蹟とは較べものにも何も、もつたいなくて出来るものでございませぬが、純正無染の心で祈願いたしたならば必ずや天に通ずるものがあるらしく、それは不徳の僧侶や蝦夷大臣などには出来ぬ道理で、風流の御遊興に身をやつして居られても、やはり将軍家には高い御品性がそなはつていらつしやるのだらうと、急に御評判がよろしくなつて、同じ月の十三日には、将軍家がその頃の頻々たる天変地異に依る関東一帯の不作をお見越しなされて、年貢の減免を仰出され、いよいよ御高徳を讃嘆せられ、また、時々は、ふいと思ひ出されたやうに前庭に面してお出ましなされ、さまざまの下民の直訴に、終日、黙々とお耳を傾けて居られる事などもございましたけれども、しかし、すぐにまたお遊びの御計画をおはじめになり、もとはお口の重いお方でございましたのに、やや御多弁になられたやうでもあり、お顔も以前にくらべてすこしお若くなつたやうにさへ見受けられました。いつかお傍の者が、このごろめつきりお太りになられたやうに拝せられますが、と申し上げたら、
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男ハ苦悩ニヨツテ太リマス。ヤツレルノハ、女性ノ苦悩デス。
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と御冗談めかしておつしやいましたけれども、或いは、御陽気に見えながらその御胸中には深い御憂悶を人知れず蔵して居られたのでもございませうか、その辺の事は私どもには推量も及ばぬところでございまして、
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ナンニモ、スルコトガナイ。
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と幽かにお笑ひになつておつしやつて居られた事もございますし、また、
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政所、侍所ナドト等シク、都所トイフモノヲ設ケタラドウカ。ソノ都所ノ別当ニダケハ、ナツテモヨイ。
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とお酒のお席で誰にともなくおつしやつて、おひとりで大笑ひなさつて居られた事もございました。派手な京風ばかりを真似るゆゑ
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