同じ反対をするにしても、そのやうな紛々たる諸説の如く浅はかな疑念を抱いて反対なさるのではなく、尼御台さまは、やつぱり生みの母御らしく、だいいちに将軍家の御健康を御案じなされて、この御計画はおやめになるやう仰出され、将軍家はそれにお答して、なに、永くてたつた一年で帰つて来ます、六百年もむかしの厩戸の皇子さまの頃だつて気楽に隋と往来をしてゐたものです、御心配には及びません、と事もなげにおつしやつてお聞きいれの色は無く、また相州さま、入道さまがそろつてお諫め申し、
「たとひ一年間でも、将軍家が幕府をお留守になさるとは、先例の無い事で、おだやかでございません。」
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タツタ一年ノオ留守番モデキヌヤウデハ、重臣ノ甲斐ガアリマセヌ。
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「どのやうな御資格で御渡宋なさるのでございませうか。」
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日本ノ旅人デス
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「案内役が陳和卿では不安でございます。」
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知ツテヰマス。異人ハタヨルベカラズ、就イテ少シク学ブダケデス。
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 取りつくしまも無く、相州さまと入道さまは互ひにお顔を見合せて溜息をおつきになるばかりのやうでございました。将軍家も未だ二十五歳、前にも申上げたとほり、お若いうちに異国に渡り、その御見聞をおひろめになられるのは決して悪い事ではなく、たつた半歳か一箇年のお留守番は相州さまにしても入道さまにしても出来ぬといふわけはございませんし、それは京都へおいでになり一年も二年も御滞在になつて京都の御所のお方たちと共鳴なさつたりなどするよりは、幕府にとつても安全の事ではあり、相州さまたちは、このたびの外遊の御計画は、あの官位陞進の御道楽に較べると、まだしも、たちがいいとお思ひになつてゐたやうでもございましたが、しかし、あの陳和卿といふ人物を信頼する気にはどうしてもなれなかつた御様子で、あの者が案内役をつとめるといふならば、この御計画にはあくまでも反対しなければならぬ、といふお考へのやうに見受けられました。この陳和卿といふのは甚だ不思議な人物で、異国の人の気持といふものは、私どもにはなかなかわかりにくいものでございますが、この人は建保四年の六月にひよつこり鎌倉へまゐりまして、当将軍家は御仏のお生れ変りでいらつしやると奇妙な事を言ひふらして歩きましたさ
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