げ、そもそもこの度の合戦は和田左衛門尉、将軍家に対して逆心をさしはさまず、ただ相州を討たんとして挙兵なされたのであつて、自分は相州の子として父の敵を迎へ撃つたまでの事、しかも自分の用兵拙劣にして多くの御ところの将士を失ひ罪万死に価すと雖も幕臣として一の勲功も無し、とおつしやつたとか、いよいよ匠作さまのお名があがつて、しばらくは、どこへまゐりましても匠作さまの御評判で持ち切りの有様でございました。さて、匠作さまの禁酒のしくじり話の御披露がございました四日の、手負ひの軍士の集りました席上で、裏切者の三浦左衛門尉義村さまが、またも御卑怯の振舞ひに及び、心ある将士にいたく顰蹙せられましたが、合戦の後にはとかくこのやうなごたごたが起るものと見えます。波多野中務丞忠綱さまの米町ならびに政所に於いて両度ともに、まつさきかけて進みましたといふ申立てに対して、三浦左衛門尉さまはやをら御前に進み出て、米町の先陣は知らず、政所に於いて先登を承つたのはこの左衛門尉義村にちがひございませぬ、と異議をさしはさみましたので、たちまち御前に於いてお二人の醜い激論が生じ、相州さまは、忠綱さまに耳打ちして幔幕の陰にお連れになつて、これは私も後で人からうかがつた話でございますが、なんでもその折、相州さまのおつしやるには、あなたも落ちついてお考へになつたらどうです、このたびの合戦が、まあまあ無事にをさまつたのも三浦氏の忠義な密告のおかげです、米町の先陣はあなたときまつてゐるのだから、その功一つで我慢なさつて、もう一つの政所のはうは三浦氏に潔くおゆづりになつたはうが御賢明かと思ひますが、どうでせう、また、あとあと、いい事もありますから、といふ事だつたさうで、忠綱さまはそれを承つてせせら笑ひ、冗談言つてはいけません、勇士の戦場に向ふに当つては、ただ先登に進まんと念ずるのみ、武人の栄誉これに過ぎたるはなく、忠綱いやしくも父祖代々の家業を継いで弓馬の事にたづさはる上は、たとひ十度、二十度の先陣も敢へて多しとせず、いよいよ万代に武名を輝かさんと志してゐるのに、一つでたくさん、もう一つのはうは三浦氏にゆづれなどと、あなたはそれでも武士か、忠綱は恩賞も何もほしくござらぬ、ただ先陣の誉れを得たいだけです、と見事に言ひ切つたので、さすがの相州さまも二の句が継げず、いよいよ忠綱さまと義村さまを藤御壺の内に於いて対決せしむる事
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