使ひの人に依つて糾明せられ、とても、たまらなくなりまして、有合せの軍兵をかき集めて気早やに烽火をお挙げになつてしまつたといふお工合のやうでございました。たのみにしてゐた御一族の三浦さまには裏切られ、翌朝、かねて打合せて置いたとほりに横山馬允時兼さまの三千余騎が腰越浦に馳せ参じて和田さまの陣に加はりましたが、もうその頃には、将軍家の御教書もひろく行きわたり、和田勢の逆賊たることが決定せられてしまつて居りましたから、それまで去就に迷つて拱手傍観してゐました諸将も続々と北条勢に来り投じ、つひに和田氏御一族全滅のむざんな結末と相成りました。その兵乱の一箇月ほど前、四月七日に、将軍家は何といふ理由も無く、女房等をお集めになつて華やかな御酒宴をひらかれ、之まで例のなかつたほどに、したたかにお酒を召され、女房等にもお気軽の御冗談を仰せになつて、
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我宿ノマセノハタテニハフ瓜ノナリモナラズモ二人ネマホシ
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 などといふ和歌を作られて一座を和やかに笑はせ、ふいと前庭を御覧になつて、お庭の門のあたりを山内左衛門尉さまと、筑後四郎兵衛尉さまが、御警護のためぶらぶら歩いて居られるのにお目をとめられ、あの二人の者をこれへ呼び寄せるやう仰せられ、やがて御縁ちかく伺候したお二人に御盃酒をたまはり、御機嫌よろしくにこにこお笑ひになりながら少しお首を傾け、そのお二人のお顔をつくづくと見まもり、いづれも近く命を失ふ、ひとりは敵方、ひとりは味方、と案外の不吉の御予言を、まるで御冗談みたいに事もなげにおつしやつて、平然として居られました。果して、それからひとつき経つて、山内左衛門尉さまは、和田勢に加はり、筑後四郎兵衛尉さまは御ところ方にて、敵味方にわかれて戦ひ、共に討死をなさいましたが、それにつけても思ひ出される事がございます。むかし、厩戸の皇子さまも、御二十一歳の折、大臣馬子の無道をお見事に御予言あそばしたとか、天壌と共に窮りの無き、伊勢大廟の尊き御嫡流の御方の御事は纔かに偲び奉るさへ、おそれおほい極みでございますが、将軍家に於いては、早くより厩戸の皇子さまに御心酔と申し上げてよろしいほどに強く傾倒なされ、私どもには、まるで何もわかりませぬけれど、かの、和を以て貴しと為すとかいふお言葉にはじまる十七箇条の御憲法など、まことに万代不易の赫奕たるおさとしで、海の
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