ままで寢るのです。」
「さうですか。」僕はすぐ僕の蒲團の中へもぐりこんだ。
尼は珠數とお經の本とを蒲團のしたへそつとおしこんでから、ころものままで敷布のない蒲團のうへに横たはつた。
「私の顏をよく見てゐて下さい。みるみる眠つてしまひます。それからすぐきりきりと齒ぎしりをします。すると如來樣がおいでになりますの。」
「如來樣ですか。」
「ええ。佛樣が夜遊びにおいでになります。毎晩ですの。あなたは退屈をしていらつしやるのださうですから、よくごらんになればいいわ。なにをお斷りしたのもそのためなのです。」
なるほど、話をはるとすぐ、おだやかな寢息が聞えた。きりきりとするどい音が聞えたとき、部屋の襖がことことと鳴つたのである。僕は蒲團から上半身をはみ出させて腕をのばし襖をあけてみたら、如來が立つてゐた。
二尺くらゐの高さの白象にまたがつてゐたのである。白象には黒く錆びた金の鞍が置かれてゐた。如來はいくぶん、いや、おほいに痩せこけてゐた。肋骨が一本一本浮き出てゐて、鎧扉のやうであつた。ぼろぼろの褐色の布を腰のまはりにつけてゐるだけで素裸であつた。かまきりのやうに痩せ細つた手足には蜘蛛の巣や煤
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