背中にそそがれてゐる女の視線をいたいほど感じてゐた。列車は、もう通り過ぎてしまつて、前方の森の蔭からその車輛のひびきが聞えるだけであつた。男は、ひと思ひに、正面にむき直つた。もし女と視線がかち合つたなら、そのときには鼻で笑つてかう言つてやらう。日本の汽車もわるくないね。
女はけれども、よほど遠くをすたすた歩いてゐたのである。白い水玉をちらした仕立ておろしの黄いろいドレスが、夕闇を透して男の眼にしみた。このままうちへ歸るつもりかしら。いつそ、けつこんしようか。いや、ほんたうはけつこんしないのだが、あとしまつのためにそんな相談をしかけてみるのだ。
男はステツキをぴつたり小脇にかかへて、はしりだした。女へ近づくにつれて、男の決意がほぐれはじめた。女は痩せた肩をすこしいからせて、ちやんとした足どりで歩いてゐた。男は、女の二三歩うしろまではしつて來て、それからのろのろと歩いた。憎惡だけが感ぜられるのだ。女のからだぢゆうから、我慢できぬいやな臭ひが流れ出てくるやうに思はれた。
二人はだまつて歩きつづけた。道のまんなかにひとむれの川楊が、ぽつかり浮んだ。女はその川楊の左側を歩いた。男は右側をえ
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