うしてどんなむごい会話をもって手渡されていたか、それはもう皆さんも、十二分にご存じのはずで、聞き飽き見飽きていらっしゃることでしょうから、くわしくは申し上げませんが、けだものみたいになっていたのは、軍閥とやらいうものだけではなかったように私には思われました。それはまた日本の人に限ったことでなく、人間性一般の大問題であろうと思いますが、今宵死ぬかも知れぬという事になったら、物慾も、色慾も綺麗に忘れてしまうのではないかしらとも考えられるのに、どうしてなかなかそのようなものでもないらしく、人間は命の袋小路に落ち込むと、笑い合わずに、むさぼりくらい合うものらしうございます。この世の中のひとりでも不幸な人のいる限り、自分も幸福にはなれないと思う事こそ、本当の人間らしい感情でしょうに、自分だけ、あるいは自分の家だけの束《つか》の間《ま》の安楽を得るために、隣人を罵《ののし》り、あざむき、押し倒し、(いいえ、あなただって、いちどはそれをなさいました。無意識でなさって、ご自身それに気がつかないなんてのは、さらに怒るべき事です。恥じて下さい。人間ならば恥じて下さい。恥じるというのは人間だけにある感情です
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