ある。破産であるB光栄の十字架ではなく、灰色の黙殺を受けたのである。ざまのよいものではなかった。幕切れの大見得切っても、いつまでも幕が降りずに、閉口している役者に似ていた。かれは仕様がないので、舞台の上に身を横《よこた》え、死んだふりなどして見せた。せっぱつまった道化である。これが廃人としての唯一のつとめか。かれは、そのような状態に墜ちても、なお、何かの「ため」を捨て切れなかった。私の身のうちに、まだ、どこか食えるところがあるならば、どうか勝手に食って下さい、と寝ころんでいる。食えるところがまだあった。かれは地主のせがれであり、月々のくらしには困っていない。なんらかの素因で等しく世に敗れ、廃人よ、背徳者よとゆび指され、そうしてかれより貧しい人たちは、水の低きにつくが如く、大挙してかれの身のまわりにへばりついた。そうして、この男に、男爵という軽蔑を含めた愛称を与えて、この男の住家をかれらの唯一の慰安所と為した。男爵はぼんやり、これら訪問客たちのために、台所でごはんをたき、わびしげに芋《いも》の皮をむいていた。
 かれは、そんな男であった。訪問客のひとりが活動写真の撮影所につとめることにな
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