ようにして、とみの家を辞し去ってから、青年は、応接室のソファに、どっかと腰をおろし、ひとりでにやにや笑った。とみが、こっそりドアをあけて、はいって来た。
「作戦、図にあたれり。」不良青年は、煙草の輪を天井にむけて吐いた。「なかなか、いいひとじゃないか。僕も、あのひと好きだ。姉さん、結婚してもいいぜ。苦労したからね。十年の恋、報いられたり。」
 とみは、涙を浮べ、小さく弟に合掌《がっしょう》した。
 男爵は、何も知らず、おそろしくいきごんで家へかえり、さて、別にすることもなく、思案の果、家の玄関へ、忙中謝客の貼紙をした。人生の出発は、つねにあまい。まず試みよ。破局の次にも、春は来る。桜の園を取りかえす術《すべ》なきや。



底本:「太宰治全集2」ちくま文庫、筑摩書房
   1988(昭和63)年9月27日第1刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房
   1975(昭和50)年6月から1976(昭和51)年6月刊行
入力:柴田卓治
校正:小林繁雄
1999年9月29日公開
青空文庫作成ファイル:
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