な工合に、なんのかのと、僕にうるさくかまいたがる癖があったね。よくないよ。僕には、からかわれているとしか思われない。」むやみに腹が立つのである。
「いいえ。決してそんな。」必死に打ち消し、「お願いがございます。ひとつ、弟に説いてやって下さるわけには、――」
「僕が、かい。何を説くんだ。」
 とみは、途方《とほう》にくれた人のように窓外の葉桜をだまって眺めた。男爵も、それにならって、葉桜を眺めた。にが虫を噛みつぶしたような顔をしていた。とみは、ちょっと肩をすくめ、いまは観念したかおそろしく感動の無い口調で、さらさら言った。弟が、何かと理窟を言って、とみの結婚に賛成してくれぬ。私立大学の、予科にかよっているのだが、少し不良で、このあいだも麻雀賭博で警察にやっかいをかけた。あたしの結婚の相手は、ずいぶんまじめな、堅気の人だし、あとあと弟がそのお方に乱暴なことでも仕掛けたら、あたしは生きて居られない。
「それは、おまえのわがままだ。エゴイズムだ。」とみの話の途中で、男爵は大声出した。女性の露骨な身勝手があさましく、へんに弟が可哀そうになって、義憤をさえ感じた。「虫がよすぎる。ばかなやつだ。大ば
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