―(口を噤《つぐ》んだ。けれども、何か心に深く決するところがあるらしく察せられた。)
二
このたびの黄村先生の、武術に就《つ》いての座談は、私の心にも深くしみるものがあった。男はやっぱり最後は、腕力にたよるより他は無いもののようにも思われる。口が達者で図々《ずうずう》しく、反省するところも何も無い奴には、ものも言いたくないし、いきなり鮮やかな背負投げ一本くらわせて、そいつのからだを大きく宙に一廻転させ、どたん、ぎゃっという物音を背後に聞いて悠然と引上げるという光景は、想像してさえ胸がすくのである。歌人の西行《さいぎょう》なども、強かったようだ。荒法師の文覚《もんがく》が、西行を、きざな奴だ、こんど逢《あ》ったら殴ってやろうと常日頃から言っていた癖に、いざ逢ったら、どうしても自分より強そうなので、かえって西行に饗応《きょうおう》したとかいう話も伝わっているほどである。まことに黄村先生のお説のとおり、文人にも武術の練磨が大いに必要な事かも知れない。私が、いつも何かに追われているように、朝も昼も夜も、たえずそわそわして落ちつかぬのは、私の腕力の貧弱なのがその最大理由の一つだっ
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