たのね。歯がゆくつて、仕方がない。お互ひ、それに気がついて、笑ひ合つてやり直せば、――幸福なんだがなあ。世の中は、きつと住みよくなるだらうに。」
「ああ、学問をした。」数枝は、ことさらに大げさなあくびをした。「それで、須々木乙彦は、よかつたのかね。」
数枝の無礼を、気にもかけず、
「あのひと、ね、をかしいのよ。とても、子供みたいな、へんな顔をして、僕は、乳房つて、おふくろにだけあるものだと思つてゐた、といふのよ。それが、ちつとも、気取りでも、なんでもないの。恥づかしさうにしてゐたわ。ああ、この人、ずいぶん不幸な生活して来た人なんだな、と思つたら、あたし、うれしいやら、有難いやら、可愛いやら、胸が一ぱいになつて、泣いちやつた。一生、この人のお傍にゐよう、と思つた。永遠の母親、つていふのかしら。私まで、そんな尊いきれいな気持になつてしまつて、あのひと、いい人だつたな。あたしは、あの人の思想や何かは、ちつとも知らない。知らなくても、いいんだ。あの人は、あたしに自信をつけてくれたんだ。あたしだつて、もののお役に立つことができる。人の心の奥底を、ほんたうに深く温めてあげることができると、さう思
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