にやにやして言つたのであるが、青年の、街路樹の下にすらと立つてゐる絵のやうに美しい姿を見て、流石にぐつと真面目になつた。いい男《をとこ》だなあ、と思つた。「すこし、君に、話したいことがあるのだけれど、なに、ちよつとでいいのです。つき合つて呉れませんか。おれだつて、――」言ひ澱んで、「君を好きです。」
三好野《みよしの》へはひつた。
「須々木乙彦、といふのは、あなたの親戚なんですつてね?」あなた、といつたり、君といつたり、助七は、秩序がなかつた。
「いとこですが。」青年は、熱い牛乳を啜つてゐた。朝から、何もたべてゐなかつた。
「どんな男です。」真剣だつた。
「僕の、僕たちの、――」青年は、どもつた。
「英雄ですか?」助七は、苦笑した。
「いいえ。愛人です。いのちの糧《かて》です。」
その言葉が、助七を撃つた。
「ああ、それはいい。」貧苦より身を起し、いままで十年間、こんな純粋の響の言棄を、聞いたことがなかつた。「おれは、ことし二十八だよ。十七のとしから給仕をして、人を疑ふことばかり覚えて来た。君たちは、いいなあ。」絶句した。
「ポオズですよ、僕たちは。」青年の左の眼は、不眠のために充
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