。」考へた末、そんなことを言つてみた。「あたしは、ひとり、ひとり、みんな違ふと思ふのだけれど。」
「心理ですか? 体質ですか?」わかい医学研究生は、学校の試験に応ずるやうな、あらたまつた顔つきで、さう反問した。
「いいえ。あたし、きざねえ。ちよつと、気取つてみたのよ。」すこしまへに泣いてゐたひととも思はれぬほど、かん高く笑つた。歯が氷のやうにかがやいて、美しかつた。
 その橋を越せば、入舟町である。
「寄つて行かない?」あたしは、バアの女給だ。
 部屋へはひると、善光寺助七が、部屋のまんなかに、あぐらをかいて坐つてゐた。青年と顔を見合せ、善光寺は、たちまち卑屈に、ひひと笑つて、
「あなたも、おどろいたでせう? おれだつて、まさに、腰を抜かしちやつた。さちよ君《くん》はね、いつでも、こんなこと、平気でやらかすものだから、弱るです。社へ情報がはひつて、すぐ病院へ飛んでいつたら、この先生、ただ、わあわあ泣いてゐるんでせう? わけがわからない。そのうちに警視庁から、記事の差止だ。ご存じですか? 須々木乙彦つて、あれは、ただの鼠ぢやないんですね。黒色テロ。銀行を襲撃しちやつた。」
 憮然と部屋の
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