きもせぬように、とまたしても要《い》らざる忠告を一言つけ加えた。私のその時の手紙が、大隅君の気にいらなかったのかも知れない。返事が無かった。少からず気になっていたが、私は人の身の上に就いて自動的に世話を焼くのは、どうも億劫《おっくう》で出来ないたちなので、そのままにして置いた。ところへ、突然、れいの電報と電報為替である。命令を受けたのである。こんどは私も働かなければならなかった。私は、かねて山田君から教えられていた先方のお家へ、速達の葉書を発した。ただいま友人、大隅忠太郎君から、結納《ゆいのう》ならびに華燭《かしょく》の典の次第に就き電報を以《もっ》て至急の依頼を受けましたが、ただちに貴門を訪れ御相談申上げたく、ついては御都合よろしき日時、ならびに貴門に至る道筋の略図などをお示し下さらば幸甚《こうじん》に存じます、と私も異様に緊張して書き送ってやったのである。先方の宛名《あてな》は、小坂吉之助氏というのであった。翌《あく》る日、眼光鋭く、気品の高い老紳士が私の陋屋《ろうおく》を訪れた。
「小坂です。」
「これは。」と私は大いに驚き、「僕のほうからお伺《うかが》いしなければならなかったのに。いや。どうも。これは。さあ。まあ。どうぞ。」
小坂氏は部屋へあがって、汚い畳にぴたりと両手をつき、にこりともせず、厳粛な挨拶をした。
「大隅君から、こんな電報がまいりましてね、」私は、いまは、もう、なんでもぶちまけて相談するより他は無いと思った。「○《まる》オクッタとありますが、この○《まる》というのは、百円の事です。これを結納金として、あなたのほうへ、差上げよという意味らしいのですが、何せどうも突然の事で、何が何やら。」
「ごもっともでございます。山田さんが郷里へお帰りになりましたので、私共も心細く存じておりましたところ、昨年の暮に、大隅さんから直接、私どものほうへお便りがございまして、いろいろ都合もあるから、式は来年の四月まで待ってもらいたいという事で、私共もそれを信じて今まで待っておりましたようなわけでございます。」信じて、という言葉が、へんに強く私の耳に響いた。
「そうですか。それはさぞ、御心配だったでしょう。でも、大隅君だって、決して無責任な男じゃございませんから。」
「はい。存じております。山田さんもそれは保証していらっしゃいました。」
「僕だって保証いたします。」
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