ぬのだ。こっそり戦線の友人たちに、卑屈な手紙を書いているだけなのである。(私は、いま何もかも正直に言ってしまおうと思っている。)私の慰問の手紙は、実に、下手くそなのである。嘘ばかり書いている。自分ながら呆《あき》れるほど、歯の浮くような、いやらしいお世辞なども書くのである。どうしてだろう。なぜ私は、こんなに、戦線の人に対して卑屈になるのだろう。私だって、いのちをこめて、いい芸術を残そうと努めている筈《はず》では無かったか。そのたった一つの、ささやかな誇りをさえ、私は捨てようとしている。戦線からも、小説の原稿が送られて来る。雑誌社へ紹介せよ、というのである。その原稿は、洋箋《ようせん》に、米つぶくらいの小さい字で、くしゃくしゃに書かれて在るもので、ずいぶん長いものもあれば、洋箋二枚くらいの短篇もある。私は、それを真剣に読む。よくないのである。その紙に書かれてある戦地風景は、私が陋屋《ろうおく》の机に頬杖ついて空想する風景を一歩も出ていない。新しい感動の発見が、その原稿の、どこにも無い。「感激を覚えた。」とは、書いてあるが、その感激は、ありきたりの悪い文学に教えこまれ、こんなところで、こん
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