こ笑っている私を、太宰ぼけたな、と囁《ささや》いている友人もあるようだ。それは間違いないのだ、呆《ぼ》けたのだ、けれども、――と言いかけて、あとは言わぬ。ただ、これだけは信じたまえ。「私は君を、裏切ることは無い。」
 エゴが喪失してしまっているのだ。それから、――と言いかけて、これも言いたくなし。もう一つ言える。私を信じないやつは、ばかだ。
 さて、兵隊さんの原稿の話であるが、私は、てれくさいのを堪《こら》えて、編輯者《へんしゅうしゃ》にお願いする。ときたま、載せてもらえることがある。その雑誌の広告が新聞に出て、その兵隊さんの名前も、立派な小説家の名前とならんでいるのを見たときは、私は、六年まえ、はじめて或る文芸雑誌に私の小品が発表された、そのときの二倍くらい、うれしかった。ありがたいと思った。早速《さっそく》、編輯者へ、千万遍のお礼を述べる。新聞の広告を切り抜いて戦線へ送る。お役に立った。これが私に、できる精一ぱいの奉公だ。戦線からも、ばんざいであります、という無邪気なお手紙が来る。しばらくして、その兵隊さんの留守宅の奥さんからも、もったいない言葉の手紙が来る。銃後奉公。どうだ。これ
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