ろになるのである。
「どう思います、このごろの他の人の小説を、どう思います。」と問われて、私は、ひどくまごつく。敢然《かんぜん》たる言葉を私は、何も持っていないのだ。
「そうですねえ。あんまり読んでいないのですが、何か、いいのがありますか? 読めば、たいてい感心するのですが、とにかく、皆よく、さっさと書けるものだと、不思議な気さえするのです。皮肉じゃ無いんです。からだが丈夫なのでしょうかね。実に、皆、すらすら書いています。」
「Aさんの、あれ読みましたか。」
「ええ、雑誌をいただいたので読みました。」
「あれは、ひどいじゃないか。」
「そうかなあ。僕には面白かったんですが。もっと、ひどい作品だって、たくさんあるんじゃ無いですか? 何も、あれを殊更《ことさら》に非難するては無いと思うんですが。どんな、ものでしょう。何せ、僕は、よく知らんので。」私の答弁は、狡猾《こうかつ》の心から、こんなに煮え切らないのでは無くて、むしろ、卑屈の心から、こんなに、不明瞭になってしまうのである。皆、私より偉いような気がしているし、とにかく誰でも一生懸命、精一ぱいで生きているのが判っているし、私は何も言えなくなるのだ。
「Bさんを知っていますか?」
「ええ、知っています。」
「こんど、あのひとに小説を書いていただくことになっていますが。」
「ああ、それは、いいですね。Bさんは、とてもいい人です。ぜひ書いてもらいなさい。きっと、いま素晴しいのが書けると思います。Bさんには、以前、僕もお世話になったことがあります。」お金を借りているのだ。
「あなたは、どうです。書けますか?」
「僕は、だめです。まるっきり、だめです。下手くそなんですね。恋愛を物語りながら、つい演説口調になったりなんかして、ひとりで呆れて笑ってしまうことがあります。」
「そんなことは無いだろう。あなたは、これまで、若いジェネレエションのトップを切っていたのでしょう?」
「冗談じゃない。このごろは、まるで、ファウストですよ。あの老博士の書斎での呟《つぶや》きが、よくわかるようになりました。ひどく、ふけちゃったんですね。ナポレオンが三十すぎたらもう、わが余生は、などと言っていたそうですが、あれが判って、可笑《おか》しくて仕様が無い。」
「余生ということを、あなた自身に感じるのですか?」
「僕は、ナポレオンじゃ無いし、そんな、まさか、
前へ 次へ
全13ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング