おまえは、いったいに、ひとをいたわることを知らない女だ。
 ――すみません。あたし、若かったのよ。かんにんしてね。もう、もう、あたし、判ったわ。犬なんか、問題じゃなかったのね。
 ――また、泣く。おまえは、いつでも、その手を用いた。だが、もう、だめさ。私は、いま、万事が、おのぞみどおりなのだからね。どこかで、お茶でも飲むか。
 ――だめ。あたし、いま、はっきり、わかったわ。あなたと、あたしは、他人なのね。いいえ、むかしから他人なのよ。心の住んでいる世界が、千里も万里も、はなれていたのよ。一緒にいたって、お互い不幸の思いをするだけよ。もう、きれいにおわかれしたいの。あたし、ね、ちかく神聖な家庭を持つのよ。
 ――うまく行きそうかね。
 ――大丈夫。そのかたは、ね、職工さんよ。職工長。そのかたがいなければ、工場の機械が動かないんですって。大きい、山みたいな感じの、しっかりした方《かた》。
 ――私とは、ちがうね。
 ――ええ、学問は無いの。研究なんか、なさらないわ。けれども、なかなか、腕がいいの。
 ――うまく行くだろう。さようなら。ハンケチ借りて置くよ。
 ――さようなら。あ、帯がほどけ
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