――たまらん。
 ――おや、おや。やっぱり、お汗が多いのねえ。あら、お袖なんかで拭いちゃ、みっともないわよ。ハンケチないの? こんどの奥さん、気がきかないのね。夏の外出には、ハンケチ三枚と、扇子、あたしは、いちどだってそれを忘れたことがない。
 ――神聖な家庭に、けちをつけちゃ困るね。不愉快だ。
 ――おそれいります。ほら、ハンケチ、あげるわよ。
 ――ありがとう。借りて置きます。
 ――すっかり、他人におなりなすったのねえ。
 ――別れたら、他人だ。このハンケチ、やっぱり昔のままの、いや、犬のにおいがするね。
 ――まけおしみ言わなくっていいの。思い出すでしょう? どう?
 ――くだらんことを言うな。たしなみの無い女だ。
 ――あら、どっちが? やっぱり、こんどの奥さんにも、あんなに子供みたいに甘えかかっていらっしゃるの? およしなさいよ、いいとしをして、みっともない。きらわれますよ。朝、寝たまま足袋をはかせてもらったりして。
 ――神聖な家庭に、けちをつけちゃ、こまるね。私は、いま、仕合せなんだからね。すべてが、うまくいっている。
 ――そうして、やっぱり、朝はスウプ? 卵を一つ
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