的な万人むきの解析概論の出ることを、切に、希望している次第であります。」めちゃめちゃである。これで末弟の物語は、終ったのである。
 座が少し白けたほどである。どうにも、話の、つぎほが無かった。皆、まじめになってしまった。長女は、思いやりの深い子であるから、末弟のこの失敗を救済すべく、噴き出したいのを我慢して、気を押し沈め、しずかに語った。
「ただいまお話ございましたように、その老博士は、たいへん高邁《こうまい》のお志を持って居られます。高邁のお志には、いつも逆境がつきまといます。これは、もう、絶対に正確の定理のようでございます。老博士も、やはり世に容れられず、奇人よ、変人よ、と近所のひとたちに言われて、ときどきは、流石に侘《わ》びしく、今夜もひとり、ステッキ持って新宿へ散歩に出ました。夏のころの、これは、お話でございます。新宿は、たいへんな人出《ひとで》でございます。博士は、よれよれの浴衣に、帯を胸高《むなだか》にしめ、そうして帯の結び目を長くうしろに、垂れさげて、まるで鼠の尻尾《しっぽ》のよう、いかにもお気の毒の風采《ふうさい》でございます。それに博士は、ひどい汗かきなのに、今夜は、
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