れども、そんな驚きも、十分間くらい経《た》ったら消滅してしまった。何も感じなくなった。痲痺[#「痲痺」は底本では「痳痺」]してしまって平気になった。僕はそれに気がついて、人間の馴致《じゅんち》性というのか、変通性というのか、自身のたより無さに呆《あき》れてしまった。最初のあの新鮮なおののきを、何事に於《お》いても、持ちつづけていたいものだ、とその時つくづく思ったのだが、この道場の生活に対しても、僕はもうそろそろいい加減な気持を抱きはじめているのではなかろうか、とマア坊に怒られてはっと思い当ったというわけなのだ。マア坊にだって誇りはあるのだ。すみれの花くらいの小さい誇りかも知れないが、そんな、あわれな誇りをこそ大事にいたわってやらなければならぬ。僕はいま、マア坊の友情を無視したという形である。つくしからの内緒の手紙を、僕に見せるという事は、或《ある》いは、マア坊は今では、つくし以上に僕に好意を寄せているのだという、マア坊のもったいない胸底をあかしてくれた仕草なのかも知れない。いや、それほど自惚《うぬぼ》れて考えなくても、とにかく僕は、マア坊の信頼を裏切ったのは確かだ。僕が以前ほどマア坊を
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