歩きをして自分のベッドに引き上げて行き、僕はそれを見送り、どうにも、かなわない気持であった。俳句の相談役など、じっさい、文句入りの都々逸《どどいつ》以上に困ると思った。どうにも落ちつかず、閉口の気持で、僕は、
「とんでもない事になりました。」と思わず越後に向って愚痴を言った。さすがの新しい男も、かっぽれの俳句には、まいったのである。
 越後獅子は黙って重く首肯した。
 けれども話は、これだけじゃないんだ。さらに驚くべき事実が現出した。
 けさの八時の摩擦の時には、マア坊が、かっぽれの番に当っていて、そうして、かっぽれが彼女に小声で言っているのを聞いてびっくりした。
「マア坊の、あの、コスモスの句、な、あれは悪くねえけど、でも、気をつけろ。コスモスや、てのはまずいぜ、コスモスの、だ。」
 おどろいた。あれは、マア坊の句なのだ。

     4

 そういえば、あの句にはちょっと女の感覚らしいものがあった。とすると、あの、乱れ咲く乙女心の野菊かな、とかいう変な句も、くさい。やっぱりあれも、マア坊か誰か助手さんの作った句なのではあるまいか。何だか、あの十の俳句がことごとくあやしくなって来た。
前へ 次へ
全183ページ中83ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング