夏の頃から、僕のこの若いアンテナは、嘗《か》つてなかったほどの大きな海嘯《かいしょう》の音を感知し、震えた。けれども僕には何の策も無い。ただ、あわてるばかりだ。僕は滅茶苦茶《めちゃくちゃ》に畑の仕事に精出した。暑い日射《ひざ》しの下で、うんうん唸《うな》りながら重い鍬《くわ》を振り廻して畑の土を掘りかえし、そうして甘藷《かんしょ》の蔓を植えつけるのである。なんだって毎日、あんなに烈《はげ》しく畑の仕事を続けたのか、僕には今もってよくわからない。自分のやくざなからだが、うらめしくて、思い切りこっぴどく痛めつけてやろうという、少しやけくそに似た気持もあったようで、死ね! 死んでしまえ! 死ね! 死んでしまえ! と鍬を打ちおろす度毎《たびごと》に低く呻《うめ》くように言い続けていた日もあった。僕は甘藷の蔓を六百本植えた。
「畑の仕事も、もういい加減によすんだね。お前のからだには少し無理だよ。」と夕食の時にお父さんに言われて、それから三日目の深夜、夢うつつの裡《うち》に、こんこんと咳《せ》き込んで、そのうちに、ごろごろと、何か、胸の中で鳴るものがある。ああ、いけない、とすぐに気附《きづ》いて、
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