が生えはじめた。かっぽれは、これは容《い》れ物の悪いせいではあるまいかと考えた。小鉢の蓋《ふた》がよく合わぬので、そこから細菌が忍び入り、このようにかびが生える結果になったのに違いないと考えた。かっぽれは、なかなか綺麗《きれい》好きなひとなんだ。どうにも気になる。何かよい容れ物があるまいかと、かっぽれは前から思案にくれていたというような按配《あんばい》なのだ。ところが、きのうの朝食の時、お隣りの固パンがやはり、食事の度毎《たびごと》に持出していたらっきょうの瓶《びん》が、ちょうど空いたのを、かっぽれは横目で見とどけ、あれがいいと思った。口も大きいし、そうして、しっかり栓《せん》も出来る。いかなる細菌も、あの瓶の中には忍び込む事が出来まい。もう空いたのだから、固パンも気軽く貸してくれるだろう。固パンに頭を下げるのは癪《しゃく》だが、でも、細菌を防ぐためには、どうしてもあのらっきょうの瓶が必要である。衛生を重んじなければならぬ。そう思って、かっぽれは、食事がすんでから、おそるおそる固パンに空瓶の借用を申し出た。
固パンは、かっぽれの顔をまっすぐに見て、
「こんなものを、どうするのです。」
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