」
いよいよ、わからなくなった。まさか、ステッキじゃあるまい。
「とにかく、ありがとう。」僕は寝返りを打ちながら言った。
「何を言ってるの。ぼんやりねえ、この子は。さっさと早くなおって、いなくなるといい。」
「おおきに、お世話だ。いっそ、ここで、死んでやろうかね。」
「あら、だめよ。泣くひとがあるわ。」
「マア坊かい?」
「しょってるわ。泣くもんですか。泣くわけがないじゃないの。」
「そうだろうと思った。」
「あたしが泣かなくたって、ひばりには、泣いてくれる人がいくらでもあるわ。」ちょっと考えてから、「三人、いや、四人あるわ。」
「泣くなんて、意味が無い。」
「あるわよ、意味があるわよ。」と強く言い張って、それから僕の耳元に口を寄せて、「竹さんでしょう? キントトでしょう? たまねぎでしょう? カクランでしょう?」と一人々々左手の指を折って数え上げて、「わあい。」と言って笑った。
「カクランも泣くのか。」僕も笑った。
その夜の摩擦はたのしかった。僕も以前のように、マア坊に対して固くなるような事はなく、いまでは何だか皆を高所から見下しているような涼しい余裕が出来ていて、自由に冗談も言
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