り合せの生活をして来ました。敢《あ》えて、結核患者に限りませぬ。もう僕たちの命は、或《あ》るお方にささげてしまっていたのです。僕たちのものではありませぬ。それゆえ、僕たちは、その所謂天意の船に、何の躊躇《ちゅうちょ》も無く気軽に身をゆだねる事が出来るのです。これは新しい世紀の新しい勇気の形式です。船は、板一まい下は地獄と昔からきまっていますが、しかし、僕たちには不思議にそれが気にならない。」という君のお手紙の言葉には、かえってこっちが一本やられた形です。君からいただいた最初のお手紙に対して、「古い」なんて乱暴な感想を吐いた事に就いては、まじめにおわびを申し上げなければならぬ。
僕たちは決して、命を粗末にしているわけではない。しかしまた、死に対していたずらに感傷に沈み、或いは、恐れおびえてもいないのだ。その証拠には、あの鳴沢イト子さんの白布に包まれた美しく光る寝棺を見送ってから、僕はもう、マア坊だの竹さんだのの事はすっかり忘れて、まるできょうの秋空のように高く澄んだ心境でベッドに横たわり、そうして廊下では、塾生《じゅくせい》と助手が、れいの如《ごと》く、
「やっとるか。」
「やっとるぞ
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