話があって、竹さんは二晩も三晩も泣いてたわ。お嫁に行くのは、いやだって。」
「そんならいい。」僕は、せいせいした。
「どうしていいの? 泣いたからいいの? いやねえ、ひばりは。」と笑いながら言って、顔を横に傾けて、眼の光りが妙に活《い》き活《い》きして来て、右腕をすっと前に出し、卓の上の僕の手を固く握った。「竹さんはね、ひばりが恋しくって泣いたのよ、本当よ。」と言って、更に強く握りしめた。僕も、わけがわからず握りかえした。意味のない握手だった。僕はすぐに馬鹿らしくなって来て、手をひっこめて、
「お茶を、ついであげようか。」とてれかくしに言ってみた。
「いいえ。」とマア坊は眼を伏せて気弱そうに、しかも、きっぱりと、不思議な断り方で断った。
「それじゃ出ようか。」
「ええ。」
 小さく首肯《うなず》いて、顔を挙げた。その顔が、よかった。断然、よかった。完全の無表情で鼻の両側に疲れたような幽《かす》かな細い皺《しわ》が出来ていて、受け口が少しあいて、大きい眼は冷く深く澄んで、こころもち蒼《あお》ざめた顔には、すごい位の気品があった。この気品は、何もかも綺麗《きれい》にあきらめて捨てた人に特有
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