。どうも秋は、いけない。なるほど、秋は、かなしいものだ。笑っちゃいけない。まじめなのだ。
全部、話そう。あの、大掃除の翌《あく》る日、マア坊が朝の八時の摩擦に、金盥《かなだらい》をかかえてひょいと部屋の戸口にあらわれ、そうして笑いを噛《か》み殺しているような表情で、まっすぐに僕のところへ来た。こんなに早くマア坊が僕の番にまわって来るとは思いがけなかった事なので、僕はほとんど無意識に、
「よかったね。」と小声で言ってしまった。うれしかったのだ。
「いい加減言ってる。」マア坊はうるさそうに言って、そうして、さっさと僕の摩擦に取りかかり、「けさは竹さんの番だったのよ。竹さんに他《ほか》の御用が出来たから、あたしが代ったの。わるい?」ひどく、あっさりした口調である。僕には、それが少し不満だったので、何も答えず、黙っていた。マア坊も黙っている。次第に息ぐるしく、窮屈になって来た。この道場へ来た当座も、僕はマア坊の摩擦の時には、妙に緊張して具合いの悪い思いをしたものだが、ふたたびあの緊張感がよみがえって来て、どうも、窮屈でかなわなかった。摩擦が、すんだ。
「ありがとう。」僕は寝呆《ねぼ》け声で言った。
「手紙、かえして!」マア坊は、小声で、けれども鋭く囁《ささや》いた。
「枕元《まくらもと》の引出しにある。」僕は仰向に寝たまま顔をしかめて言った。あきらかに僕は不機嫌《ふきげん》だった。
「いいわ、お昼食がすんだら、洗面所へちょっといらっしゃらない? その時かえして。」
そう言い棄《す》て僕の返辞も待たず、さっさと引き上げて行った。
不思議なくらいよそよそしかった。こっちがちょっと親切にしてあげると、すぐにあんなに、つんけんする。よろしい、それならば、僕にも考えがある。思い切り、こっぴどく、やっつけてやろう、と僕は覚悟して、お昼の休憩時間を待った。
お昼ごはんは、竹さんが持って来た。お膳《ぜん》の隅《すみ》に竹細工の小さい人形が置かれてある。顔を挙げて竹さんに、これは? と眼で尋ねたら、竹さんは、顔をしかめて烈《はげ》しくイヤイヤをして、誰《だれ》にも言うな、というような身振りをした。僕は浮かぬ顔をして、うなずいた。全く、不可解であった。
2
「けさ、道場の急用で、まちへ行って来たのや。」と竹さんは普通の音声で言った。
「お土産か。」と僕は、なぜだか、がっか
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