すぐここへ来たのだそうである。丸顔で色が白く、まつげの長い二重瞼《ふたえまぶた》の大きい眼の眼尻が少しさがって、そうしていつもその眼を驚いたみたいにまんまるく※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]って、そのため額に皺《しわ》が出来て狭い額がいっそう狭くなっている。滅茶苦茶《めちゃくちゃ》に笑う。金歯が光る。笑いたくて笑いたくて、うずうずしているようで、なに? と眼をぐんと大きく※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]って、どんな話にでも首をつっ込んで来て、たちまち、けたたましく笑い、からだを前こごみにして、おなかをとんとん叩《たた》きながら笑い咽《むせ》んでいるのだ。鼻が丸くてこんもり高く、薄い下唇《したくちびる》が上唇より少し突き出ている。美人ではないが、ひどく可愛い。仕事にもあまり精を出さない様子だし、摩擦も下手くそだが、何せピチピチして可愛らしいので、竹さんに劣らぬ人気だ。
3
君、それにつけても、男って可笑《おか》しなものだね。そんなに好きでもない女の人には、カクランだの、ハイチャイだの、ばかにしたような綽名をどしどしつけるが、いいひとに対しては、どんな綽名も思いつかず、ただ、竹さんだのマア坊だのという極めて平凡な呼び方しか出来ないのだからね。おやおや、きょうは、ばかに女の話ばかりする。でも、きょうは、なぜだか、他の話はしたくないのだ。きのうの、マア坊の、
「つくしにね、鈴虫が鳴いてるって言ってやって。」
という可憐《かれん》な言葉に酔わされて、まだその酔いが醒《さ》めずにいるのかも知れない。いつもあんなに笑い狂っているくせに、マア坊も、本当は人一倍さびしがりの子なのかも知れない。よく笑うひとは、よく泣くものじゃないのか。なんて、どうも僕はマア坊の事になると、何だか調子が変になる。そうして、マア坊は、どうやら西脇つくし殿を、おしたい申しているのだから、かなわない。いま僕は、この手紙を、昼食を早くすましていそいで書いているのだが、隣の「白鳥の間」から、塾生たちの笑い声にまじって、かん高い、派手な、マア坊の笑い声がはっきり聞えて来る。いったい、何を騒いでいるのだろう。みっともない。白痴じゃないか。なんて、きょうの僕は、どうも少し調子が変だ。いろいろ、もっと、書きたい事もあったのだけれど、どうも隣室の笑い声が気になって、書けなくなった。ちょ
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