終戦になり、細君と女児を、細君のその実家にあずけ、かれは単身、東京に乗り込み、郊外のアパートの一部屋を借り、そこはもうただ、寝るだけのところ、抜け目なく四方八方を飛び歩いて、しこたま、もうけた。
けれども、それから三年経ち、何だか気持が変って来た。世の中が、何かしら微妙に変って来たせいか、または、彼のからだが、日頃の不節制のために最近めっきり痩《や》せ細って来たせいか、いや、いや、単に「とし」のせいか、色即是空《しきそくぜくう》、酒もつまらぬ、小さい家を一軒買い、田舎《いなか》から女房子供を呼び寄せて、……という里心に似たものが、ふいと胸をかすめて通る事が多くなった。
もう、この辺で、闇商売からも足を洗い、雑誌の編集に専念しよう。それに就いて、……。
それに就いて、さし当っての難関。まず、女たちと上手《じょうず》に別れなければならぬ。思いがそこに到ると、さすが、抜け目の無い彼も、途方にくれて、溜息《ためいき》が出るのだ。
「全部、やめるつもり、……」大男の文士は口をゆがめて苦笑し、「それは結構だが、いったい、お前には、女が幾人あるんだい?」
変 心 (二)
田島は、泣きべその顔になる。思えば、思うほど、自分ひとりの力では、到底、処理の仕様が無い。金ですむ事なら、わけないけれども、女たちが、それだけで引下るようにも思えない。
「いま考えると、まるで僕は狂っていたみたいなんですよ。とんでもなく、手をひろげすぎて、……」
この初老の不良文士にすべて打ち明け、相談してみようかしらと、ふと思う。
「案外、殊勝《しゅしょう》な事を言いやがる。もっとも、多情な奴に限って奇妙にいやらしいくらい道徳におびえて、そこがまた、女に好かれる所以《ゆえん》でもあるのだがね。男振りがよくて、金があって、若くて、おまけに道徳的で優しいと来たら、そりゃ、もてるよ。当り前の話だ。お前のほうでやめるつもりでも、先方が承知しないぜ、これは。」
「そこなんです。」
ハンケチで顔を拭《ふ》く。
「泣いてるんじゃねえだろうな。」
「いいえ、雨で眼鏡の玉が曇《くも》って、……」
「いや、その声は泣いてる声だ。とんだ色男さ。」
闇商売の手伝いをして、道徳的も無いものだが、その文士の指摘したように、田島という男は、多情のくせに、また女にへんに律儀《りちぎ》な一面も持っていて、女たち
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