いところの無いかなりの美人ではあったが、キヌ子と並べると、まるで銀の靴と兵隊靴くらいの差があるように思われた。
二人の美人は、無言で挨拶《あいさつ》を交《かわ》した。青木さんは、既に卑屈な泣きべそみたいな顔になっている。もはや、勝敗の数は明かであった。
前にも言ったように、田島は女に対して律儀《りちぎ》な一面も持っていて、いまだ女に、自分が独身だなどとウソをついた事が無い。田舎に妻子を疎開させてあるという事は、はじめから皆に打明けてある。それが、いよいよ夫の許《もと》に帰って来た。しかも、その奥さんたるや、若くて、高貴で、教養のゆたからしい絶世の美人。
さすがの青木さんも、泣きべそ以外、てが無かった。
「女房の髪をね、一つ、いじってやって下さい。」と田島は調子に乗り、完全にとどめを刺そうとする。「銀座にも、どこにも、あなたほどの腕前のひとは無いってうわさですからね。」
それは、しかし、あながちお世辞でも無かった。事実、すばらしく腕のいい美容師であった。
キヌ子は鏡に向って腰をおろす。
青木さんは、キヌ子に白い肩掛けを当て、キヌ子の髪をときはじめ、その眼には、涙が、いまにもあふれ出るほど一ぱい。
キヌ子は平然。
かえって、田島は席をはずした。
行 進 (五)
セットの終ったころ、田島は、そっとまた美容室にはいって来て、一すんくらいの厚さの紙幣のたばを、美容師の白い上衣《うわぎ》のポケットに滑りこませ、ほとんど祈るような気持で、
「グッド・バイ。」
とささやき、その声が自分でも意外に思ったくらい、いたわるような、あやまるような、優しい、哀調に似たものを帯びていた。
キヌ子は無言で立上る。青木さんも無言で、キヌ子のスカートなど直してやる。田島は、一足さきに外に飛び出す。
ああ、別離は、くるしい。
キヌ子は無表情で、あとからやって来て、
「そんなに、うまくも無いじゃないの。」
「何が?」
「パーマ。」
バカ野郎! とキヌ子を怒鳴ってやりたくなったが、しかし、デパートの中なので、こらえた。青木という女は、他人の悪口など決して言わなかった。お金もほしがらなかったし、よく洗濯もしてくれた。
「これで、もう、おしまい?」
「そう。」
田島は、ただもう、やたらにわびしい。
「あんな事で、もう、わかれてしまうなんて、あの子も、意久地《いく
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